来る人を、住む人へ。ワーケーション、移住セミナーにモニターツアー、未来の種を蒔き続ける式根島。

東京の島々の魅力、その可能性を見つけ出し、発展させていく「東京宝島」プロジェクト。今回ご紹介するのは、式根島です。これまでの「式根島アイランドワーケーション」に加えて、今年度は、移住・定住セミナーや説明会、体験ツアー、自治体と連携したモニターツアーなどを実施。その内容や経緯について、式根島エリアマネジメントの事務局長である下井勝博さんにお話を伺いました。

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宿泊施設のコワーキングスペース


目指すべき移住のかたちと、
見えてきた課題。

―これまで、式根島ではワーケーションを軸にして、関係人口や移住者を増やすための取り組みをしてこられたと思いますが、手応えはいかがですか?

下井さん:まずは閑散期に島の経済を活性化させるため、3年間にわたりワーケーションや企業のオフサイトミーティングなどの誘致、そのための環境整備も行ってきて、一定の成果は得られたと思います。次年度も、引き続き50名ほどの研修をはじめ、いくつかの企業が式根島に来ることが決まっており、今後も企業研修やワーケーションへの取り組みは継続していく予定です。

2024-shikine1_3.JPG都内で開催された移住セミナー

―今年度は、「移住・定住による未来人材発掘」ということで、移住・定住への取り組みに重点をおかれたようですが、何かきっかけがあったのでしょうか?

下井さん:もともと、私たちの事業の最終的な目的は、観光ではなくワーケーションを通じて関係人口を創出し、将来的に式根島への移住・定住を考える人を増やすことです。ワーケーションやオフサイトミーティングの実施企業も増えてきたので、本来の目的である移住を考えている方々にアプローチするために、そのためのセミナーや体験ツアーを開催しました。移住の際、実際にどのような点がハードルになるのか、移住を考えている方、受け入れる島側、双方の視点から具体的な課題を見つけ出し、今後の取り組みにフィードバックして改善していこうと考えました。
昨年、東京都のふるさと回帰支援センターを通して11月に開催したセミナー・説明会には、10名ほどの方に参加いただいたのですが、結果的に天候や実施時期の関係で体験ツアーへの参加は1名でした。
参加された方からは、10日間の体験ツアーの中で、アルバイトをしたり、島民の方と交流が図れたことで、非常に参考になったとのお話をいただきました。私たちとしても、何が課題なのかが明確になったので、今後の移住に向けた環境整備に活かしていきたいと思っています。

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上:移住にあたってのライフプランセミナー 下:移住体験ツアー参加者と宿の女将

―どのような点が課題としてあがってきたのでしょうか?

下井さん:まず、仕事です。説明会に参加された方の中には、就職先の一つとして定職を求めて島への移住を考えている方もいらっしゃいました。もちろん、島に仕事がないわけではありません。ただ、定職は常に求人があるわけではなく、すでに移住された方々もいろいろな仕事を少しずつ掛け持ちして、できる仕事を受けながら島での生計を立てている方が多いと思います。島の事業者との仕事のマッチングも行っていますが、リモートワークを含め、ご自身でやりたいことやライフプランを持っていないと、受け身で生活していくのはなかなか難しいですね。
あとは、住居の問題です。小さい島ですので、島には不動産屋がありません。誰かに直接家を借りるか、あるいは村営住宅に入るかのいずれかになりますが、家を借りるには信頼関係も必要ですし、村営住宅にしても数が限られていますので、すぐに住めるというわけでもないのです。
そうした問題を解決する一つの方法として、まずは宿に長期滞在して暮らしながら働いたり、島との関わりを深めてもらえるように賃貸感覚で泊まれる1ヶ月の宿泊プランを用意しました。最近でいえば、そこから実際にこの制度を使って1名が移住、他2名の若い方も島に移住しており、今後の仕事など具体的に定住に向けて生活を整えつつあります。

島で元気になる人を増やし、
移住へとつなげたい。

―今年度は、渋谷区・港区とのネットワークでモニターツアーも実施されたそうですが、そちらでは何か成果はあったのでしょうか?

下井さん:昨年度も、渋谷区・港区とは連携して参加者を募りモニターツアーを実施しました。今年度、港区から参加されたマーケティング会社の代表の方から、式根島に関係人口を増やしていくための新たな提案をいただき、次年度から一緒に新たなプログラム開発を進めていくことになりました。いろいろと体験してもらって、私たちでは考えつかなかった視点での提案で、新たな層にアプローチできるのではないかと考えています。

2024-shikine1_6.jpg2024-shikine1_7.jpg港区との連携によるモニターツアー、東要寺の住職による説法体験


―具体的に、新たな提案とはどのようなものなのでしょうか?

下井さん:観光を主目的とするのではなく、式根島でしか体験できないプログラムで、その体験をするために式根島に来る人を増やそうという提案です。

式根島は、開島からは130年程度の歴史ですが、縄文時代の中期から人が住み始めたと言われています。今も残る湯治場や漁場などは、古くより貴重な場所とされてきました。方位学的にも吉方位にあるパワースポットで、島にある法光山東要寺には、東京都の天然記念物に指定される樹齢約900年のイヌマキの巨木やナギの木があったり、また瞑想や法話などの体験もできたりもします。こうしたコンテンツを、東京から高速ジェット船で3時間という便利さと電動自転車で島を一周できるコンパクトなサイズ感、自然豊かな離島という地の利も活かし、日常の疲れを癒してリフレッシュできるプログラムにする予定です。
移住者を増やしたいのはもちろんですが、そう簡単に移住したいと思う人が増えるわけではないことは重々承知しています。だからこそ、島に来て元気になって帰ってもらえるようなプログラムができれば、いずれ式根島のために活動してくれる人や移住を考えてくれる仲間が一人でも二人でも、徐々に増えていくのではないかと思っています。

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松ヶ下雅温泉の足湯や島内めぐり(モニターツアー)



重要なのは、
まず式根島を知ってもらうこと。

―確かに、ただ観光スポットを巡るだけでなく、そこでしかできない体験で元気になれたりリフレッシュできたら、それは魅力的ですね。

下井さん:今回のモニターツアーを実施して一番の収穫は、多くの人々にとっては「東京に島があるということ自体を知らない」という事実を、あらためて突きつけられたことです。ワーケーションや移住の誘致以前に、まずは島の存在を知ってもらうこと、候補地として認識してもらうことに、もっと力を入れていかなければと考えさせられました。新しいプログラムはそういう意味でも新たに知ってもらえるきっかけにもなると思っています。
ワーケーションについても、離島でありながら、ワーキングスペースはもちろん、海岸や温泉でもWi-Fiが入る快適なネット環境、多くの施設で電子決済も導入され利便性も向上されました。こうした候補地としての様々なメリットをもっとわかりやすく伝えられるような広報の施策も今年度の事業内で制作中です。

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神引展望台(モニターツアー)

―きっかけは何にせよ、式根島を知ってもらえる機会を増やすことは大切ですね。今後について考えていることなどがあれば教えてください。

下井さん:式根島も、ここ数年、コロナ禍の影響によって宿泊施設等のキャパシティを落としました。これまでは、夏場にガッツリ働いて冬場は休むといったサイクルで島の経済も回せていましたが、コロナをはじめ気候変動などの不確定なリスクも高まり、夏だけに頼っていると、よりその影響が大きくなります。実際に、昨年は台風で夏の観光シーズンに船が10日間止まってしまい、宿泊施設などは大きな打撃を受けました。そうした意味でも、冬場の閑散期に来島者を増やし、一年を通して島の経済を活性化していくことは島の未来にとって必要なことだと考えています。

式根島は400人ほどの小さな島です。少子高齢化とともに、このまま人口が減り続ければ、何十年後かに有人島として残っていくことも危うくなります。私は、子どもたちを式根島で育てたいという想いもあって移住してきました。ここで育った子どもたちのためにも故郷であるこの島を残していきたい。それが、私たち世代の務めでもあると思っています。

―ありがとうございました。式根島は、人を呼ぶための環境整備を着実にされてきていますよね。その結果が次年度のワーケーションの企業誘致にもつながったんだと思います。移住を決めるきっかけは人それぞれですが、ふと考えたときに候補として思い出してもらうには今後も地道なきっかけづくりや発信は欠かせないですね。でも、今のこの種まきこそが島の未来につながっているんだと思います。