持続可能な島の未来を島民自ら創造する、「父島みらい会議」。
東京の島が持つ魅力を様々な視点からご紹介する「東京宝島」プロジェクト。東京から南に約1,000km。世界自然遺産にも登録されたことで知られる小笠原諸島。今回は、その中心的な島である父島の深澤丞さんから、島の将来について考える、「父島みらい会議」についてのお話をうかがいました。
島民が自発的に考え、
自ら活動を生むための取り組み。
―まずは、「父島みらい会議」とは、どのような取り組みなのか教えていただけますでしょうか。
島民の中の有志が集まり、持続可能な観光地経営の観点からさまざまなことを話し合う会として発足させたのが「父島みらい会議」です。2020年9月頃から始めて、メンバーの忙しくない時期を見つけながらおよそ毎月一回開催しています。メンバーの中心は島で自営業を営んでいる人たちです。観光関係が多いですが、自然再生や造園事業の会社のメンバーも参加しています。毎月テーマを決めた研修や、島外向けに発信している動画の制作など、様々な活動を行っています。
―定期的に集まってらっしゃるんですね。ちなみに、この取り組みを始めたきっかけについて教えてくださいますか。
元々は企業向けに、社員研修として小笠原諸島で自然保護や環境保全活動をしながらおよそ8日間学び、日常生活や仕事に生かせるプログラムを提供していましたが、見通しが立たないことが分かったので、このような環境が続くとおそらく人々の気持ちや生活、価値観は変わっていくだろうと予想がつき、それまで続けてきた企業を中心にした研修プログラムは時代遅れになっていくのではないかと考えたのです。そこで、次にくる時代に備えていったん企画をリセットすることにしました。島民が安心・安全に暮らせて自然が未来永劫続く島をつくるために「島の中の人が自発的に考え、自分で決める」ことを中心にしながら、島外の人とも繋がっていく。そんな持続可能な島の生活をつくる方向にシフトする必要があると思い、現在の形になりました。
山下さんの強い言葉に
インスピレーションを受けた
シンポジウム「父島わがまま会議」。
―そこで対話を重ねる中で生まれたアイデアが、1月14日に行われたイベント、「父島わがまま会議」だったんですね。
当日は、鹿児島県甑島(こしきしま)の山下賢太さん※をお招きして、島民を交えたディスカッションを行いました。以前から山下さんのお話がとても良い内容で、共感する部分が多いと感じていたため、父島に住む人たちにもぜひ聞いてほしいと思ったのです。山下さんは誰かに頼まれたのではなく、自分自身の想いから島おこしを始めた方です。最初はまったく誰にも理解されない中で農作物の無人販売からスタートして、当初は売上が1ヶ月で数百円だったこともあったそうです。そんな山下さんだからこそ、とても説得力のあるお話がたくさん伺えました。
※1985 年、鹿児島県甑島生まれ。東シナ海の小さな島ブランド株式会社代表取締役。日本の水産業に新たな選択肢をつくる「FISHERMANS FEST」 の企画・監修のほか、「山下商店甑島本店」「FUJIYA HOSTEL」等の再生を手がけ、「世界一暮らしたい集落づくり」を実践している。
―甑島と父島、共通点などはあるんでしょうか?
両島、人口がほぼ一緒なんです。山下さんが「約2,000人の人口は、何をするにもちょうどよい。それをどうキープするか」とおっしゃっていたのがとても印象に残っています。閉鎖的になりがちな島の環境ですが、「『井の中の蛙大海を知らず』だったら、井戸の中を最高に楽しく、面白く」という、前向きなお言葉に勇気をもらいました。シンポジウムに参加した島民からも、「地域通貨を活用してはどうか」「小笠原大学という学びの場をつくりたい」などのアイデアも出てきて、ワクワクしながら島の未来を前のめりで考えるようになったのを感じました。
―山下さんの鋭い視点に、島民のみなさんも刺激を受けていらっしゃるようですね。
最後に、今後の展開や、将来的に実現させたい夢などありましたら教えてください。
今回のシンポジウムをきっかけに、島内に新しい仲間が増えました。2024年度の「父島みらい会議」は、通常メンバーに加え新たなメンバーも交えてディスカッションを重ねて、具体的なアクションプランをつくっていくことを考えています。その上で、今後は他の島の方とも積極的に繋がることで、アイランドネットワークも構築したいと思っています。漠然としてしまいますが、世界中の他の地域や人たちとの横のつながりをつくることで、より小笠原の自然が豊かになり、誰もが安全で安心した生活を送れる島を実現させていきたいですね。
―ありがとうございました。今後は、父島と他の島の方々との合同企画なども楽しみにしています。
「東洋のガラパゴス」として世界中に名前が知られ、観光で島を訪れる人も多い小笠原諸島。今後は、島を最もよく知る島民自身から生まれた企画が形になることで、さらに新しい魅力が生まれるかもしれません。